被服科44回 兵庫 麻子 | 繋がれた縁~戸板との出会い~

 

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戸板女子短期大学との出会いは本当に偶然でした。高校生の時、進学する目的は、もの作りをしたいという思いと一人暮らしでした。そのため地元の京都以外で被服科を探していた最中、家庭科の授業中に私の背後から「和裁もいいわよ」の一言が聞こえました。ふと興味が沸き調べたところ、和裁が幅広く学べる短大として唯一の戸板短大を見つけることができました。しかも、念願の一人暮らしもできる東京!そんな理由で受験を決めたのです。当時はまだ古い校舎の雰囲気も気に入りました。

この「和裁もいいわよ」は、私の忘れられない一言です。何気ない一言から、現在も和服に関わる仕事をしていることを考えると、目に見えない大きな流れに乗って、縁というものが繋がってきたのだと感じます。その言葉を聞き流していたら、全く違った人生だったことは間違いありません。もちろん、現在の大切な人達との繋がりもなかったことでしょう。

戸板時代、様々な実技の授業は、手を動かすのが好きな私にはとても楽しめました。反対に講義科目は居眠りせず、もっと真剣に聞くべきだったと今も後悔しています。よく運針をサボっていた私を、担任の小林操子先生は厳しくも温かく見守ってくださいました。

一番の記憶は、卒業制作で糸を染め着尺(大人の長着が一枚作れる幅と長さの反物)を織ったことです。色ムラができたり、千本以上もの糸を綜絖(そうこう)に通す大変さ、永遠に感じた織る作業は、苦労した記憶にもかかわらず、譲り受けた織機を今でも大切にしています。

週末になると特急に飛び乗り、今は亡き父が経営していた蓼科のペンションでの手伝いや飲食店でのアルバイトなど、念願の一人暮らしは本当に充実していました。卒業後はそのまま東京で10年間を過ごし、叔父の経営する免税店での勤務や着物メーカーの営業などを経験し結婚。現在は京都で、日本で唯一のハカマ専門店「和次元滴や」を主人と経営しています。2005年に創業し、京都御所と鴨川のそばにある築100年を超える数寄屋造りの店舗で『次世代のサムライスタイル』を提案し続けています。

高校生を筆頭に四人の子育てに悩まされながらの家事に加え、自営の店では販売はもちろん、商品管理、季節ごとのコレクションの準備、催事の出張、経理、手が足りない時には商品制作など、毎日が目まぐるしく、現在でも徹夜で仕事をする日があるくらいです。戸板時代の和裁の知識が役に立っていることは、言うまでもありません。貴重な2年間は私の大切な宝物の一つです。

まだまだ先の見えない日々がどうなっていくのか見当もつきませんが、今後も流れに抗わず、全ての縁を大切に過ごしていきたいと思います。